トンイ考2 チャン・ヒビンとの戦い

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仁顕王后はなぜ廃庶人となったのか? トンイ第22話解説(あらすじ含む)

   

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ハン・ヒョジュ、チ・ジニ主演、イ・ソヨン、ペ・スビン、パク・ハソン出演の韓国時代劇トンイ(同伊:동이)の第22話の解説(あらすじ含む・ネタバレあり)です。

トンイで描かれる仁顕王后(イニョンワンフ:인현왕후)は、パク・ハソンの好演もあって、はかなげな女性が悪女・張玉貞(チャン・オクチョン:장옥정)にはめられたという印象が強いのではないでしょうか?

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けれど、正史では旧トンイ考にまとめているように、仁顕王后の妄言が原因で廃庶人(ペソイン:폐서인)になったとされています。

仁顕王后が廃庶人になった本当の理由

もっとも、どのようなニュアンスで彼女が『オクチョンは子が産めない』と、妄言を吐いたのかは定かではありません。

伝わっているのは、『大妃が夢枕に出てきて、オクチョンは前世で粛宗が殺した獣であり、子を生むことができないと言った』いう内容ですが、夢見が悪かったので何気なく話したことが伝わったのか、またはどこかで脚色が加わったのか。ニュアンスがどのようなものだったのかは定かではないのです。さすがにそこまで詳細に記録した書籍はありません。

けれど、逆説的に考えれば、退宮の原因とされる仁顕王后の妄言をもみ消せなかった状況こそが、真の原因と言えます。

それでは、それを許した背景とは一体なんだったのでしょうか?

それは二人の重要人物がすでに故人となっており、仁顕王后(イニョンワンフ)に強力な後ろ盾がいなかったことです。

一人は粛宗(スクチョン:숙종)の母・明聖王后(ミョンソンワンフ:명성왕후)。もう一人は仁顕王后の父・驪陽府院君(ヨヤンブウォングン:여양부원군)閔維重(ミン・ユジュン:민유중)です。

ドラマとは異なり明聖王后は1683年12月に42歳の若さで亡くなっています。一般的に女性のほうが男性より長寿で、しかも栄養状態の良い王族は当時の平均寿命よりはるかに長く生きるのが常でした。その点を鑑みれば明聖王后があまりにも早くなくなったことがわかるでしょう。

ドラマには登場してない閔維重は1687年に58歳で亡くなっています。閔維重(ミン・ユジュン)は国舅(クック:국구)として、また、西人(ソイン:서인)の領袖として、粛宗が若い頃には兵権と財政の両面を掌握していました。

外戚にここまでの権力が集中すると批判の矢面に立たされるのは自然の流れで、そのことが理由で失脚し、その後まもなく彼は死去しています。

こうして、西人を守護する大妃と国舅という王にとっては大きな足かせとなり、王后には両翼となる二人がいない状況では、廃妃へと進む流れに仁顕王后(イニョンワンフ)一人では抗うことができなかったのです。

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どちらか一方、特に明聖王后(ミョンソンワンフ)が存命であれば、決して彼女は廃庶人(ペソイン:폐서인)とはならなかったでしょう。結局、己巳(キサ)年(1689年:粛宗15年)5月2日に仁顕王后は王宮を追われてしまいます。

西人の守護・大妃の死 → 西人の領袖・閔維重(ミン・ユジュン)の死 → 仁顕王后の廃妃 → 南人(ナミン:남인)政権の樹立 → 張玉貞(チャン・オクチョン)の権勢

時系列で見るとすべてが連動していることがよくわかりますね!

 

第23話に続く

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