トンイ考2 チャン・ヒビンとの戦い

トンイ考2 チャン・ヒビンとの戦いはトンイ考の後続サイトです。韓国時代劇トンイについて歴史的背景などを考察します。

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朝鮮王に生前譲位をした王はいたのか? トンイ第57話解説(あらすじ含む)

   

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ハン・ヒョジュ、チ・ジニ主演、イ・ソヨン、ペ・スビン、パク・ハソン出演の韓国時代劇トンイ(同伊:동이)の第57話の解説(あらすじ含む・ネタバレあり)です。

息子二人を守るために譲位を決断した粛宗(スクチョン:숙종)

その前段階の準備として、トンイを宮外に追いやる決断をしました。

以下のリンクはBSで57話を放送していた際に書いた記事ですが、 歴史的ネタバレを嫌う方は58話終了後に読まれたほうがよいでしょう。

梨峴宮(イヒョングン) 淑嬪崔氏の悲しいお話(歴史的ネタバレ注意)

 

同伊(トンイ:동이)

 

朝鮮王に生前譲位をした王はいたのか?

韓国では譲位(ヤンウィ:양위)より禅位(ソンウィ/ソヌィ:선위:禪位)という言葉が一般的です。NHKの言葉のチョイスは意訳で『王位を退く』になっていましたね。譲位という言葉はあまり知られてないのでしょうか?

さて、朝鮮王朝は前例主義ですので、このような大事に関しては前例がないことには、いくら王の決定だったとしても臣下から猛反発を受け、意思を押し通すことができません。

ということは、朝鮮王の中に 譲位を行った王がいたということになります。それでは、粛宗以前の王の中で譲位を行った王を見て行きましょう。

 

太祖(テジョ:태조)李成桂(イ・ソンゲ:이성계) 1392~

チ・ジニが大風水(テプンス:대풍수)で李成桂役を演じたのを見たことがある方もいるかもしれません。

李成桂は息子二人が王になるのを見届けています。けれど、快く王位を譲ったわけではありません。相次ぐ息子同士の殺戮により、政務を司ることに虚しさを覚え隠遁しました。

 

定宗(チョンジョン:정종) 1398-1400

朝鮮第2代王です。彼は実力で王位を勝ち取ったのではなく、弟の李芳遠(イ・バンウォン:이방원)の傀儡でした。形式上は父から譲位されて王位についています。

 

太宗(テジョン:태종)李芳遠(イ・バンウォン:이방원) 1400-1418

兄の定宗から譲位された朝鮮第3代王です。彼は実質的に朝鮮の礎を築いた王です。

相次ぐ王子の乱で兄弟を殺戮し、政治的意図から図からは王位につかず、一旦兄に王位を継がせました。誉高い世宗(セジョン:세종)の父でもあります。

極めて攻撃的な性格で武人でしたが、高麗時代の文官の科挙にも合格している文武両道の王でした。

 

世宗(セジョン:세종)世宗大王(セジョンテワン:세종대왕) 1418-1450

父・太宗からから譲位された朝鮮第4代王です。ハングルを生み出した偉大な王として、現在の韓国で最も敬愛されています。

 

世祖(セジョ:세조) 1455-1468

『王の男』を見た方はご存知のはずです。朝鮮第7代王です。彼の場合は、形式上は譲位ですが、実質的には少年王・第6代端宗(タンジョン:단종)からの王位の簒奪です。

 

その他

その他の例は、特段の理由があって譲位したものではなく、死の直前に譲位したものです。

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  • 第7代世祖(セジョ세조)→第8代睿宗(イェジョン:예종)
  • 第11代中宗(チュンジョン:중종)→第12代仁宗(インジョン:인종)
  • 第12代仁宗(インジョン:인종)→第13代明宗 (ミョンジョン:명종)

 

朝鮮初期においては二重権力を構築することにより、王朝の基盤を盤石にする意図もありました。もっとも、盤石ではない混乱期だったために、期せずしてそうなってしまったとも言えます。

今回ドラマ内の粛宗は、この初期の王位継承をロールモデルにしたのでしょう。実際、太祖は第3代太宗の代まで生存していました。

数年間だけ世子(セジャ:세자)に王位を継がせ、その後延礽君(ヨニングン:연잉군)昑(クム:금)にも王位を継がせようとしているのかもしれません。

もちろん、フィクションですが(汗)

 

【参考】 韓国歴史年表トンイ編  ・・・ 粛宗代の史実年表。性格的にあらすじのネタバレも含まれます。

 

第58話に続く

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