トンイ考2 チャン・ヒビンとの戦い

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剣契殺主契事件

      2012/12/21

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剣契(劍契)殺主契事件(コムゲ・サルジュゲサゴン:검계·살주계사건)
以前、旧トンイ考でも説明しましたが、第42話の内容からか剣契(コムゲ)での検索数がかなり増えていたので、コチラでも改めて説明したいと思います。

ドラマ・トンイのバックグラウンドには、この剣契殺主契事件があります。

粛宗(スクチョン:숙종)代の1684年(粛宗10年)、発端となったのは、日本から送られてきたある国書でした。

粛宗が統治した時代は、秀吉の朝鮮出兵・壬辰倭乱(イムジンウェラン:임진왜란:1592年)丁酉再乱(チョンユチェラン:정유재란:1597年)、さらに、明を滅ぼした清に朝鮮の首都漢陽を攻略された丙子胡乱(ピョンジャホラン:병자호란:1636年)と、相次ぐ外敵からの攻撃を受け、国土も民衆もずたずたにされて数十年。後遺症に悩まされていた時期でもありました。

深層心理に焼き付いた外敵からの恐怖が未だに拭いきれていない頃に送られてきたこの国書には、台湾に逃れていた明の残党が、朝鮮に上陸してくるという内容でした。

民衆はパニックを起こし、漢陽から逃げ出すものが続出しました。このようなときには悪漢がはびこるのが常で、逃げ惑う民衆が持ち出す財産を狙い襲撃する輩がいたのです。それこそがまさに、剣契(コムゲ)殺主契(サルジュゲ:살주계)だったのです。

ドラマ・トンイでトンイの父・崔孝元(チェ・ヒョウォン:최효원)が率いる剣契(コムゲ)は義賊でしたが、ケドラが率いた剣契(コムゲ)は殺人も犯す悪漢でした。どちらかというと後者のほうが史実的といえますが、史実の剣契(コムゲ)はただのならず者の集団と見るべきでしょう。

 

ちなみに、史実の崔孝元(チェ・ヒョウォン)は臣下の最高位領議政(ヨンイジョン:영의정)を追贈された人です。数百年後の娘が主人公になっているドラマで剣契(コムゲ)の首領になっているなんて夢にも思わなかったでしょうね(笑)

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もっとも、彼は1672年(顕宗13)に亡くなっているので、娘が宮中に入ったことも、その後粛宗に見初められ、遂には王となる子を生むことも知らなかったのですが・・・。

さらにいうと、領議政に追贈してくれた自身の孫で、第21代英祖(ヨンジョ:영조)です。

長生きしていれば夢の様な人生だったかも知れませんね!

 

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