トンイ考2 チャン・ヒビンとの戦い

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西人(ソイン)と南人(ナミン)の争いって何? トンイ第18話解説(あらすじ含む)

      2013/06/03

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ハン・ヒョジュ、チ・ジニ主演、イ・ソヨン、ペ・スビン、パク・ハソン出演の韓国時代劇トンイ(同伊:동이)の第18話の解説(あらすじ含む・ネタバレあり)です。

イ・ビョンフン監督流の禧嬪張氏(ヒビンチャンシ:희빈장씨)の解釈は、朱に交われば赤くなる的で、周りに巻き込まれて引き返すことのできない道を進んでしまう、ある意味かわいそうな女というものです。

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その『朱』にあたるのが南人(ナミン:남인)であったり兄の張希載(チャン・ヒジェ:장희재)で、それに対向するのが西人(ソイン:서인)仁顕王后(イニョンワンフ:인현왕후)という構図になっています。

この西人(ソイン)と南人(ナミン)の党争は韓国人にとってはおなじみのものなので、ドラマ・トンイではほとんど解説らしい解説がありません。そこで、この2党が何故争っているのかを簡単に説明します。

朝鮮は儒学を礎に統治を行いましたが、学問としての儒学を深く習得したいわゆる士林(サリン:사림)が政治に本格的に関与し始めたのは、第9代成宗(ソンジョン:성종)の頃からで、決して建国当時からではありません。

その士林(サリン)たちが決定的に分裂したのが1575年(宣祖8)で、この時は東西に分裂しました。東人(トンイン:동인)と西人(ソイン)です。

では、なぜ朋党を形成したのでしょうか?

政治的な利害関係だけだと思っている人も多いかもしれませんが、実は儒学(性理学)における解釈論の差も大きな要因の一つです。ちなみに西だの東だのは中心人物の居住地が漢城府のどの方向にあったかで名付けられています。

その後、東人は南北に分裂し、北は大小に分裂します。そして、第15代光海君(クァンヘグン:광해군)が廃されるとともに北人(プギン:북인)はほぼ一掃されます。

この1623年の仁祖反正(インジョバンジョン:인조반정)は西人(ソイン)による軍事クーデターでした。これ以降が西南の時代となります。けれど、南人(ナミン)は西人(ソイン)の添え物のような状態で、以降3代にわたり約50年は西人が政権与党を担当しました。

ちなみに、南人(ナミン)が形成された当時の中核人物は、リュ・シウォンのご先祖様の柳成龍(ユ・ソンニョン:유성룡)です。

1671年に約50年ぶりに南人の許積(ホ・ジョク:허적)領議政(ヨンイジョン:영의정)となり、南人優勢の時代が若干続いたものの、1680年に庚申換局(キョンシンファングク:경신환국)が起こり、再び西人(ソイン)政権となります。

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このことからもわかるように、粛宗(スクチョン:숙종)の3代前・仁祖(インジョ:인조)の時代から、概ね西人(ソイン)優勢の時代が続いているのです。そこに風穴を開けようともがいているのが南人(ナミン)であり、南人の後宮政治の駒として選ばれたのが禧嬪張氏(ヒビンチャンシ)なのです。

張氏が禧嬪となったのが1689(粛宗15)年1月15日ですから、西人は結党からすでに100年以上経っており、老練な政治家が多かったために、南人(ナミン)はなかなか政権を奪取することができませんでした。

そんな状況だったからこそ、張玉貞(チャン・オクチョン:장옥정)が寵愛を受け嬪(ピン:빈)にまで登った好機を南人は利用しない手はなかったのです。

こちらも参考にしてください! → 西人と南人、5000ウォンv.s.1000ウォン

 

第19話に続く

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